【君主論】支配の仕方が分からないフランス人はどうすればよかったのか?【征服地の支配に関する考察】

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ルーアン枢機卿はイタリア人は戦争というものを理解していないといったので、私はフランス人には支配というものが分かっていないと応答した。

 マキアヴェッリは、外交使節としてフランスに派遣されたのだが、こんなこと言っていいのかな、と心配になるのだが。
 良いこともあれ、悪いこともあれ、マキアヴェッリは「政治」の仕事そのものは好きだった。
 だからこそ、憤慨したり、ユーモアを交えたり―――――感情をたたきつけるのだろう。
 人間は、興味のあるものにしか、感情をたたきつけないものである。

 『君主論』第三章 複合的君主権について、から。
 フランス王ルイ一二世のイタリア遠征を「失敗の証拠」として挙げる。
 ローマ人の征服を「成功の証拠」として挙げる。
 そこから得られるマキアヴェッリの「征服地支配の成功法則」とは?

フランス王ルイ一二世の失敗の仕方

 シャルル八世が先に失敗したのだが、ルイ一二世もイタリア遠征に失敗している。
 ルイ一二世は、ヴェネツィア人の手引きによってイタリア遠征を始めた。
 そのことはマキアヴェッリは批判していない。それは、シャルル八世のおかげでフランスに協力してくれるイタリア人はおらず、協力してくれる人がいなかったからである―――――ヴェネツィアが依頼してくれたのは、ルイ一二世にとっては「好機」だったのだ。
 そのチャンスを利用し、ルイ一二世はイタリアの三分の二の支配者となったというのだから、大成功であった―――――はずである。
 にもかかわらず

  • ロマーニアを占領する教皇アレクサンドルに援助を与える
  • ナポリをイスパニア王と分割する

 「援軍」を依頼するという誤りを犯したことから、次から次へと下手を打つ。


 マキアヴェッリの指摘する、ルイ12世の誤りとは、

  1. 弱小君侯を滅亡させたこと
  2. イタリアにおいて一国の権力を増加させたこと
  3. イタリアに非常に強力な外国君主を導きいれたこと
  4. 自分がイタリアに転居しなかったこと
  5. 植民を実施しなかったこと
  6. ヴェネツィアの領土を奪ったこと

戦争を避けるために混乱を放置すべきではなく、戦争は避けられないのであるから、先に延ばせばかえって自らにとって不利になるだけのことである。

 ひとつの戦争を避けようとしたことが、かえって次の戦争につながり―――――と書いてしまうと、フランス人は「戦闘」は知っていたかもしれないが、「戦闘」の複数形である「戦争」を、そして「戦闘」の果実を確保するための「支配」を、知らなかったのである。

ローマ人の成功の仕方

 マキアヴェッリは、ローマ人の成功例として、「ギリシア」だけ挙げればよい、としている。
 ローマ人のギリシア支配の仕方とは、

  • 植民を行う
  • 弱小のアカイア人とアイトリア人とは手を結ぶ
  • マケドニア王国は屈服させる
  • フィリッポスには何を言われても屈服するまで味方をしない
  • アンティオコスがギリシアに領土を持つことは許さない

 この場合ローマ人はすべての賢明な支配者のなすべき事柄を行った。彼らは現在の紛争のみならず将来のそれをも全力を尽くして回避したのである。それというのも早くからそれを予見するならば、容易に対策を施すことができるが、あまりに目前に迫ってから予知したのでは病気は回復不能なものとなり、薬剤は時を逸してしまうことになるからである。

 『病膏肓に入る』という言葉を知っていたかどうかは定かではないが、古今東西を問わないことだけは確かだ。

マキアヴェッリの「征服地支配の成功法則」

【最良の方法】君主自ら居住する
【次善の方法】植民する
【最悪の方法】軍隊のみ駐留させる
 支配者が自ら征服地にいてしまえば、不測の事態に対応できる。
 植民すれば、彼らだけは信用できる。植民によって土地を奪われた人は恨むだろうが、少数で、弱小である。よって、被害は少ない。
 軍隊のみ派遣すると、金がかかるし、征服地の人びととトラブルを起こしたら、二次災害まで発生するのである。