【読書】『カサンドラ症候群』【犯人捜しより原因探し】

読書読書,カサンドラ症候群,岡田尊司

 いくら伝えようとしても伝わらない、という喩えに、カサンドラが使われる。

 共感性や応答性に欠けた夫と暮らす苦痛をわかってもらおうとしても、常識的な人ほどその苦しみがわからない。
 夫の共感性に問題があるため、妻にうつやストレス性の心身の障害を呈するに至ったものを「カサンドラ症候群」と呼ぶ。
 かつては、妻のほうに問題を押し付けられることがしばしばで「ヒステリー」と呼ばれていたりもした。
 原因は夫の共感性の乏しさにあるということが、最初に指摘されたのはわずか30年前の1988年。一般に認知されるようになったのは、この10年ほどである。

 通常の医学モデルでは、あくまで症状を呈している人が患者とみなされ、患者の病気が診断され、治療が施される。
 しかし、カサンドラ症候群の場合、それでは解決しない。
 配偶者、パートナーだけではなく、子ども、同僚等、その人と深いかかわりを持たざるを得ない人にも同じようなことが起こり得る。

 原因が分かれば、対策も見えてくる。

(注)ジェンダーフリーの考え方から言えば、「夫」「妻」と書くと問題がある。実際には「夫」と「妻」で逆転している場合もある。
 しかし、「一方のパートナーが他方のパートナーに対して・・・・・」と書いてしまうと、長くなるうえに、どっちがどっちか分からなくなる。
 文章上の複雑さを避けるために「夫」「妻」という単語を使うので、ご理解を。

ポイント 「カサンドラ症候群」の原因は、共感性の不足。
 対策は、共感的応答を増やすこと。
 「犯人捜し」より「原因探し」をしよう。

原因:共感性の不足

 すべてに共通するのは、共感的応答が困難になるということである。
 愛着の問題が絡んだケースでは、自分は共感や支えを必要として相手に求めようとするのだが、相手にそれを与える余裕がないとことが起きやすい。
 パートナーから共感的応答を受けられなくなると
【段階1:不安と混乱】相手の愛情を得るために、自分の側の欠点を探す。自責の念が強まる。
【段階2:怒りと攻撃】イライラし、怒りを爆発させ、相手を責める。
【段階3:抑うつ】今までの努力が無駄に思え、落ち込みが目立つ。何かも投げ出したり、生きること自体がつらくなる。
【段階4:脱愛着と無関心】パートナーに対する愛情や関心を失う。
 「ヒステリー」を起こしているうちは、まだ脈がある、と言えるかもしれない。
 「何も言わなくなったな」と思っていたら、愛着どころか関心すらなくなっていたという段階までになっていた、という可能性もある。

パートナーがアスペルガー症候群

 アスペルガー症候群の特徴として、

  • 相互的なコミュニケーションや協調して一緒に行動することが苦手
  • 相手の気持ちに共感したり、言外の意味を想像したりすることは苦手
  • 同じ行動パターンや狭い興味にとらわれやすく、視点の切り替えが苦手
  • 感覚の過敏さや、逆に鈍感さがある

などが挙げられる。
 学問、研究、技術、科学の世界では有利に働く。「修行僧」をイメージしてしまったのだが、黙々と働くようなことは得意なのだ。
 その一方で、「関心の共有」と「共感的応答」という結婚生活の質を高めることは苦手なのだ。

 パートナーがアスペルガー症候群でも、うまくいくケースは

  • 研究者同士で、ライフスタイルや関心を共有している
  • パートナーがその才能や能力に惚れ込み、保護者役を全面的に引き受ける
  • その混合

 「アスペルガーだから上手くいかない」ということではないのである。
 本人の得意なところを叩き潰すようなマネをして、信頼関係が気づけるわけがない。不満と怒りが発生するだけである。
 どのような人間関係でも「関心の共有」はすばらしい潤滑油だ。同じ野球チームのファンだったというだけで話が弾むという経験は誰でも持っているだろう。
 「共感的応答の乏しさ」という問題がクリアできれば、アスペルガーでもうまいく。

アスペルガーだけではない

 「回避型愛着スタイル」を持つ人も、共感的応答に乏しい。
 「怖れ・回避型愛着スタイル」を持つ人は、本当は愛情や関わりを求めているのに、拒否されたり傷つくが怖くて、自分をさらけ出せないという葛藤を持つ。
 回避型のように共感的応答が乏しいという単純な形で表れない。共感的応答が極端に変動するという形で表れる。
 自己愛性パーソナリティ障害、強迫性パーソナリティ障害、回避性パーソナリティ障害、シゾイド・パーソナリティ障害、失調型パーソナリティ障害、妄想性パーソナリティ障害、等々の各種パーソナリティ障害も、共感性の低下を伴う。

 しかし、実際のところ、
「○○だから悪い」
というものでもないだろう。
 もちろん、ごく一部の極端に行き過ぎた人は問題があるだろう。
 しかし、そういう傾向があるからといって、それがそのまま短所になるとも限らない。実際には、一面では長所であり、そういう人がいてほしいということもある。
 長所は長所、短所は短所と、自分も理解し相手も理解することで、協力し合うことが共感性的応答を増やすことにつながり、共感性の低下も避けられるのである。

対策:共感的応答を増やすこと

 愛着の形成には「共感的応答」が不可欠である。
 共感的応答は安全基地であるための最大の条件。
「○○だから悪い」
というような言動をしては、共感的応答を増やせるわけがない。

不安型の妻がよくやるように、夫が帰ってくるなり自分の不満や困りごとを機関銃のように発射し続けるというのは、疲れ切って帰ってくる夫には責め苦になってしまう。
 こういった「機関銃」も慎まなければならない。

 具体的な方法を知るというだけでは応用が利かない。現実の出来事はさまざまに変化する。具体的な方法がその人の実情に合わないことも考えられる。
 大事なのは、根本にある原理を理解することである。
 そうしておけば、どういう場合にも自分で対応を考え、工夫することができる。

安全と秩序を守る

 第一に、相手の安全感を脅かさないことである。
 非難や攻撃、押しつけ、支配、では関係を壊すだけである。
 気分や態度がコロコロ変わり、予測できないことも、相手の安全感を脅かす。

相互的応答性

 カサンドラを引き起こしやすいカップルには、どちらも真面目なタイプが多い。相手の気持ちよりも正しいことを優先する傾向がある。
 正論だったとしても、相手にとってはピントのずれたアドバイスでしかないこともある。
 このあたりは『残酷すぎる成功法則』が詳しい。
 説明やアドバイスが正しかったとしても、相手にしてみれば「攻撃された」と感じてしまうことがあるので、注意が必要だ。

共感性

「相手の立場を考えられるかどうか」
 最も高いハードルであるが、相手の立場を理解する努力が不可欠である。
 安全基地になれない人は、自分の視点にとらわれ、相手の立場に立って柔軟に考えることはできない。
 また、相手を理解するためだけでなく、自分を理解してもらうことも大切である。共感性の高い人は、相手の気持ちを理解することに長けているだけでなく、自分も気持ちを理解してもらうことにも長けている。

 共感性は相手の気持ちを受け止めるという受動的な行為にかかわるだけでなく、攻撃性のコントロールにおいても重要な役割を果たしている。
 相手の立場に立って考えることができるから、相手をむやみに攻撃しようとしなくなる。逆に、共感性の乏しい人は相手の気持ちや都合などおかまいなしに、自分の意に沿わなければ怒りを爆発させ、攻撃を繰り返してしまう、ということになりやすい。

イエローサイン

 お互いの不機嫌や疲労の波が重なったりすると、些細なことがきっかけで、非難の応酬が始まる。
 元をたどれば、不機嫌や疲労が重なっただけのことである。偶発的な衝突で関係が悪化し、離婚にまで至るのはバカげているし、大きな損失である。
 こうしたときは、「イエローカード」ならぬ「イエローサイン」で危険を知らせ、こちらのピンチを理解してもらおう。
 できるだけ簡潔に、あっさりと。しかし重要なことは伝える。

「安全基地」を「協力」して作る

 アスペルガータイプの場合、気持ちを汲み取る能力が弱い。
 相手の立場に立って思いやったり、同じ気持ちを共有することは苦手。
 予定が急に変わった、想定外の事態が起きたとしても。追い詰めるような対応はしない。
 いったん何かをやり始めると、スイッチが切り替わりにくい。
 本人の予定を聞いておくこと。
―――――と、本に書いてあることをそのまま書いてみたのだが、アスペルガーではなくても似たようなものではないだろうか。
 急に予定が変わった、想定外の事態が起きた―――――パニックにならないまでも、どうしようかと考えている最中に何かを言われても、疎ましいだけである。
 また、一度のひとつの作業に取り組んだほうが効率的である。それに、まとめて同時に何個もの話をされたら、聖徳太子でもない限り焦って困るだけである。

 安全基地の第一条件は、相手の安全を脅かさないことである。相手を責める反応を減らすことである。
 安全基地を手に入れるためには、自分が安全基地になる必要がある。

 愛着という仕組みは相互的なものであり、どちらか一方の努力によっては改善できない。
 両方が協力するという姿勢が大事なポイントであるり、安全基地として支えらるから改善しようと努力を続けることである。

「犯人捜し」より「原因探し」

 関係修復のためには、両方の協力が不可欠であることは、上述した。
 一方が加害者という単純な構図で見ると失敗する。
 多くのケースは、自分ではどうしていいか決められず、両方の気持ちの中央にいる。

 本書に出てくるケースなのだが、妻に過呼吸の症状が現れた。原因は夫とのケンカだった。
 しかし、夫は夫で、職場に新しい上司が着任し、その上司から無理難題を突き付けられ、困り果てていた。そのストレスが家庭でも現れてしまっていたのだ。
 夫がうつ状態になり、会社に行けなくなってしまったことが、家庭環境には好転をもたらす。夫は部署を変えてもらい、苦手だった上司から解放された。家庭でも穏やかになった。
 この例で、「夫が悪い」「妻が悪い」と言えるだろうか。
 従来の常識では、症状を呈している患者さんにアプローチする。
 しかし、「カサンドラ症候群」の場合では、何が起きているのかを把握し、原因を突き止めなければならない。

 多くのケースでは、何らかの問題はストレスフルな事態に陥ったことがきっけかに、すれ違いが強まり、夫がアスペルガーだったと気付く展開をたどっている。
 アスペルガーでなく、どんなに共感性の高い人であっても、疲労、ストレス、プレッシャーを受ければ、共感性は低下する。
 それは、すべて彼らの罪であろうか?
 自分が共感的応答を与えたからこそ、周囲に対しても共感的な応答を返せるのである。
 お互いがお互いの大変さを振り返り、思いやる余力を残していないことが、困難な状況を生んでいる。
 お互いがいがみ合い、攻撃しあうことにエネルギーを費やすのではなく、ストレスを減らし、互いの余裕を取り戻すことに努めるほうが大切なのではないか?

 一方だけではなく、双方が協力して問題解決に取り組もうとするほど、関係修復につながりやすい。
 必要なのは、相手の問題を糾弾することではなく、理解し許し合うことだ。
 精神的な脱皮のため、離婚が必要な場合もある。十分に努力したのであれば、ピリオドを打つことも重要だ。
 自分の問題にもしっかり向き合っていれば、この体験は生かされる。

まとめ

 「カサンドラ症候群」の原因は、共感性の不足。
 対策は、共感的応答を増やすこと。
 「犯人捜し」より「原因探し」をしよう。