【読書】『9・11後の現代史』

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 本書は、21世紀の中東しか知らない若者には、「今見ている世界と中東がこんなに怖いことになってしまったのは、そんなに昔からじゃないんだよ」と伝え、20世紀の中東を見てきた少し年嵩の人たちには、なぜ世界と中東がこんなことになってしまったのかを考える糸口を示すために書かれたものである。

そしてその目的は、「世界と中東がこんなことになってしまったのは、ちゃんと理由がある」ことを示すことになる。なぜならば、理由があるからには、解決も必ず見つかるはずだからだ。

一過性の事件ではない

「中東でテロや紛争が増加したのは21世紀以降、特に2003年のイラク戦争以降」。

 なぜこんなことになってしまったのだろう。
 20世紀はこんなふうではなかった、と、筆者や同じ世代で中東にかかわってきた人たちは、思う。1970年代、日本が高度成長を果たした時期、ちょうどオイルマネーがふんだんに手に入って同じく高度成長を目指していた中東諸国は、日本製品のいい輸出相手先だった。
 すっかり忘れていたことなのだが、中東の産油国はオイルマネーで潤って・・・・・
・・・・・と思っていたら、いつの間にかテロと紛争が増加していた。

 その要因は「イラク戦争」「シリア内戦」「ISの登場」、その土台となった「9・11米国同時多発テロ事件」。

 忘れてはならないことは、これらの大事件が、ただ一過性の大事件だっただけではなく、中東政治、ひいては国際政治の構造を大きく変えた、ということだ。
 これらの大事件は中東社会が作り出したものではなく、欧米の介入が深くかかわっている。
「アルカーイダの登場は、ソ連のアフガニスタン侵攻に端を発する」
と言われても、ほとんどの方は何のことだかよく分からないだろう。
 シリア内戦の長期化は、ISとイラク戦争とも関わりがあるし、トルコ政府とクルド人の関係を激化させ、トルコ外交を親ロシア路線に変更させた、と言われても、なにを言っているのかよく分からない方のほうが多いだろう。
 詳しくは、本書を読んでくださいと書くしかないのだが、すべてが一過性の大事件であったわけではなく、それぞれが結びついている。
 そして、それは中東にとどまらず、国際政治の構造を大きく変えている。
 その混乱のツケの支払いは、今現在も進行形で続いている。
 そして、ペルシア湾岸のアラブ産油国に原油輸入の8割を依存している日本としては、ペルシア湾岸の不安定化は、まったくの他人事ではない。
 私たち日本人にとっても、決して「他人事」ではない。

「IS」と憎悪の拡大

 なによりも、ISの登場こそが、過去のさまざまな戦争やテロの生み出したものだった。より正確にいえば、過去の紛争をきちんと解決してこなかったことのツケが、ISというおどろおどろしい存在となって人々の前に現れたのだ。

 ISがなぜ登場したのかは、「イラク戦争」にまで遡らなければならない。
「イラク戦争がなかったらISは生まれていなかった」とは、チルコット報告書で糾弾されたトニー・ブレア元首相自身が、2015年に述べた言葉である。
 イギリスのイラク戦争参戦経緯と戦後処理を検証する独立調査委員会(通称チルコット委員会)は、2016年夏に膨大な報告書を発表した。
 イラク戦争が理も大義もない戦争だと、開戦から13年も経て、開戦当事国の公的な機関で認められた。

 アメリカとイラクの関係が破綻したのは1990年のイラクのクウェート侵攻と1991年の湾岸戦争である。それまでは、独裁だったが現実主義的なフセインがアメリカと良好な関係を築いていた。
 開戦理由として公に掲げられたものは「イラクが大量破壊兵器を保有しているから」というものだった。
 2003年2月当時のコリン・パウエル米国務長官はパウエル報告書を提示して、イラク戦争を正当化しようとした。
 パウエル報告書に使用された証拠の多くが捏造だったり剽窃だったりしたことが判明した。パウエルは国務長官職から退く。

 侵攻そのものは順調だった。フセイン政権の独裁に対する不満はイラク社会に広がっていたからだ。
 戦争はわずか42日で終わる。その間の米兵の死者は139人。
 しかし、その1年後、ピーク時には1日平均4~5人もの米兵が殺されることになる。イラク駐留の米兵の死者が9・11の犠牲者を超えたことが、米国内でも深刻に受け止められ、イラク戦争自体の是非についても疑問が出せれるようになる。
 結局、アメリカは2008年の大統領選挙で、イラク戦争に反対したバラク・オバマを選ぶ。

 戦争後のイラク政府も混乱を極める。
 アメリカに亡命し、打倒フセインの協力をアメリカ政府に働きかけていた「亡命イラク人」は、「残留イラク人」からは人気がない。
 「亡命イラク人」は短絡的に宗教アイデンティティを利用する―――――「シーア派」の政党連合で政権を運営しようとする。
 これで困るのはスンナ派のアラブ人である。独裁だったが現実的であったフセインはスンナ派とシーア派の対立を収めていたのだが、ここで宗派対立が激化する。
 また、不平不満を持ちながらフセイン政権で実務を運営していた人たちも追放される。
 そもそも、戦争が終わって14年にもなるというのに、生活インフラが整わない。それに政府の不正と腐敗が加わるのだから、国民の不満は高まる一方。

 イラク戦争とその後の復興の破綻が、反米・反政府活動を活発化させた。そこに、ISやアルカーイダ系の組織がイラク西部で勢力を伸ばす。
 ISは、軍隊と見まごうほどの組織化された武装勢力として登場する。
 銀行や行政機関を掌握し、活動資金を手に入れる。それは、住民や戦闘員に対する給与にも使われ、地元の公務員は通常業務を続けるように命じられる。制圧した油田から石油を密輸して収入を得る。
 イラク戦争後より前政権のほうがマシだった、と考える人々を、少なくとも最初は惹きつける要素をもっていた。

 とはいえ、

ISが残したもっとも深刻な爪痕は、宗教的、宗派的、民族的に共存していたイラクの人々の間を、修復不能なまでに引き裂いたことだ。それは、内戦の続くシリアでも同じだろう。
 喜怒哀楽とともに「憎悪」の感情も、人間の自然な感情である。それを無視するわけにも蓋をするわけにもいかない。
 しかし、ISさえいなければ余計な「憎悪」の感情を持たなくてもよかったかもしれないが、それを言うなら「イラク戦争」がなければ余計な憎悪の感情を持つ必要もなかった。

 そして、その「憎悪」の感情はヨーロッパ社会にも飛び火する。
 インターネット上でISが展開する巧みな広報戦術が若者の心を魅了したのだとしばしば言われるが、その根底には西欧社会における差別、イスラーム系住民の居場所のなさがある。
 ヨーロッパ社会から疎外され、ドロップアウトしたイスラーム系移民二世が期待したのが、ISだったのだろう。
 ドロップアウトした人々に、戦う「大義」を与える、という意味では、ISに魅了されるのはイスラーム教徒に限らない。欧米に生まれ育った非イスラーム教徒が改宗してISに合流するケースも少なくない。
 世界で鬱屈していた若者を惹きつけたISは「世界各地で武器を持って立ち上がる」よう呼びかける。最大の爆破事件が2015年11月のパリ同時多発テロ事件である。
 「イスラームが暴力化する」のではなく、暴力性を抱えた個人や集団が「イスラームを利用している」のである。
 だとすれば、ISが息絶えたとしても、世界のいたるところで疎外され、鬱屈を抱えてドロップアウトする者が存在する限り、終息することはない。

不寛容な時代を乗り越えて

 膨れ上がる避難民の多さに、経由地となる国々はいずれも悲鳴を上げる。
 また、避難民の大量流入は、ヨーロッパに反移民感情を引き起こす。
 中東、アフリカから移民してきたムスリム系市民に対する差別や社会的不平等の問題を抱えている。
 そこに、移民暴動や衝突事件などが頻発し、欧州全体に極右政権が台頭している。
 世界に激震が走ったのは、アメリカ大統領選挙でのドナルド・トランプの勝利だろう。
 とはいえ、それで一気に右傾化したわけではない。極右政党が議席を伸ばしたものの、第一党になることはない。ここにヨーロッパのバランス感覚が見える。

 今、21世紀の世界を概観すると、2つの形で「不寛容」が跋扈している。ひとつは他者を受け入れないこと、もうひとつは他者を追い出すことだ。
 そこで問題になるのは「だれが『他者』なのか?」である。
 前近代の時代では、「我ら」と「彼ら」でルールが変わっていた。
「我らには報い、彼らには罰せよ」
 このダブル・スタンダードが通用してしまったのは、「彼ら」のことを知る方法も手段もなかったからなのだが、もう前近代ではない。
 「我ら」も「彼ら」も同じ人間であり、それを知る手段もあり、知識と経験もある。なによりも「苦い経験」がある。
 これは、他人事ではない。ヘイトスピーチやヘイト的行動で、マイノリティが攻撃を受けて害を被るという出来事が起きているのは、日本も例外ではない。グローバル化を高らかに謳う一方で、増加する外国人の来訪に対して嫌悪感を露にする。
 どれぐらいのスピードでどこまで進むか分からないが、グローバル化は進展する。
 我々は、知る権利もあり、知る方法もある。「彼ら」が決して相容れることはないまったく別の人間でもないし、分かり合えないからといっても共存する方法があることを知っている。
 だが、国は閉ざせない。他者とは、共存せざるを得ない。嫌いな人々が隣の国に住んでいるからといって、隣の国の人々を殲滅することも、隣の国をゼロから作り直すことも、できない。
 となれば、どう共存していくかを考えるしかない。
 誰が他者なのかわからないのならば、「われわれ」と「他者」の違いを明確にする必要はないのではないか。少なくとも、敵だ、悪魔だ、と名付けられる相手が、本当に敵で悪魔なのか、わずかでも疑ってみる冷静さがあってしかるべきだろう。そして、その相手を「悪魔」と思ってしまう、自信の恐怖心がどこから来ているのかを振り返ってみることができるだけの、冷静さが。
 これには面白い本がある。
 『皇帝フリードリッヒ2世の生涯』なのだが、第六次十字軍を率いたフリードリッヒは、一戦も交えず、イェルサレムを無血開城することに成功する。
 しかも、キリスト教徒を率いているのに、臣下にイスラム教徒がいて驚愕される。

 中世の人ができたことであり、それを我々も知ることができる。そうであるなら、われわれもできることなのではないだろうか?