【読書】『ローマ人の物語 パクス・ロマーナ[中]』15

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少子対策

 前一世紀末のローマで、少子化が顕著になった。
 前二世紀には十人もの子を産み育てるのが珍しくなかったが、カエサルの時代は二、三人が普通に、アウグストゥスの時代になると独身も珍しくなくなった。
 平和と経済活性化は、子を産み育てること以外に、快適な人生の過ごし方を増やした。また、内乱時代のように、政略結婚も必要性はなくなった。

 前18年にアウグストゥスは「ユリウス姦通罪・婚外交渉罪法」「ユリウス正式婚姻法」を提出する。
 女だけは”独身税”と、子をもたない独身女性は相続権を失い、5万セステルティウス以上の資産は国庫に没収された。
 逆に、三人以上の子をなした女は、経済上ならば男女平等とされた。ギリシア・ローマを含む古代世界は男社会であったのだから、画期的な改革だった。
 ローマ市民権を持つ男性でも、子がなければ経済的な不利は免れない。逆に、子を多く持てばキャリアで優遇される、と明記される。
 離婚するに際しても、公表の義務化、7人の証人を集めること、元老院議員を長とする委員会での採決、とやりにくくするように変えた。
 健全な家庭を維持するために、不倫ですら公的な犯罪になった。

 とはいえ、この二法の実施は成立より3年後としたが、不評であったようで、さらに3年延びる。
 27年後には「パピウス・ポッペウス法」で修正される。拒否権を持っていたアウグストゥスが、行使していないのだから、修正する必要を自分自身で認めたことになる。

 少子対策は、現在の先進国でも問題となっているが、古代ローマ帝国でも問題だったのかと思うと、示唆に富む。税の控除とか家族手当の増額だけでは解決不可能な問題なのである。

 どうも、アウグストゥスという人は、政治心理学では達人だし、現実感覚も平衡感覚もさえわたっているのだが、個人の心の動きになると、なぜか無神経になる。
 このことが、後継者探しに影を落とすことになる。

軍備再構築

15万人へ削減

 マリウスが「志願兵制」を導入し、その後の内乱で兵が増えすぎてしまったために、50万人にまで膨れ上がっていた。
 アウグストゥスは15万人に削減する、と決める。ローマ帝国の財源から考えて15万人が妥当な数だと考えた。
 しかし、ただ単に減らしたわけではない。15万人で機能するシステムを作り上げた。
 共和政ローマの時代は領土拡張時代だったが、帝政ローマになると征服は終わる。それ以上の領土拡大は、現実的ではないとカエサルは考え、その方針は、アウグストゥス以降にも継承される。
 ゆえに、軍事は、征服から防衛、に変わる。

ライン河からドナウ河を防衛ラインに

 山脈を防衛ラインとするには不利であることに、最初に気がついたのはカエサルだった。ゆえに、ガリア征服はライン河に防衛線を移す戦略の一環であった。
 山の前に基地を築いても、戦略的な効果はない。山頂に砦を築いても、監視はできても、大部隊は駐屯できない。
 逆に、河沿いなら、監視できるし、防衛も容易だし、大部隊も駐屯できるし、物資の補給も容易である。
 カエサルがライン河防衛線を確立してくれていたから、残るはドナウ河である。
 前16年、アグリッパの指導の下、ティベリウスとドゥルーススが進軍する。前15年には北面だけにしても完成した。アグリッパの死後、ティベリウスが担当する。

軍団兵と補助兵

 アウグストゥスは、兵士の期間を、初めは16年、のちに20年に定める。独身は法で定められていたが、妻を持ち子を持つことが軍規違反とはされなかった。こうした場合、多くは満期除隊後に結婚した。
 また、退職金をシステム化し、土地でも現金でも選べるようにした。

 非ローマ市民は「補助兵」とし、兵役は25年間、ただし配置転換はない。退役後はローマ市民権を得る。ローマ市民権を獲得すれば、属州税を払う必要がない。
 アウグストゥスの定めた補助兵の定員は15万人だった。軍団兵と補助兵の合計30万人がローマの防衛を担当する。
 補助兵の活用は、第一に、防衛費の節約である。給料と退職金がいくらであったのかは伝わっていない。しかし、正規兵よりは低かったと思われる。
 第二に、属州民にも自分の国は自分で守る、という意識を育ませる。古代の、ローマ人もギリシア人も、金を払って他人に安全を防衛してもらうという生き方は人間を堕落させると思っていた。マキアヴェッリは、ハッキリと傭兵制を否定している。
 第三に、属州の失業者に職を保障した。本国では社会問題化でとどまっても、属州ならば、暴動や反乱につながる危険性がある。
 第四は、「軍団兵」と「属州兵」がともに兵役についたため、軍団基地のローマ化が進んだ。ともに兵役についている仲間を攻撃しようとは考えにくい。しかも、退役後はローマ市民権を得られる。しかも、兵役中に自然な形で混血が進む。
 支配と被支配の関係ではなく、運命共同体の形成はローマ人の得意としたところだ。それを軍事にも応用した。

 そして、アウグストゥスが示した基本戦略は、敵の襲来を察知した要塞から、狼煙か早馬で近くの基地に伝える。そして、補助兵が持ちこたえて、軍団兵の到着を待つ、というものだった。
 軍団兵の高速移動のために、街道は整備された。そして、整備された街道は、人と物の交流と生活水準の向上につながる。
 属州を含めたローマ帝国全土が、ローマ街道による利益を享受することになる。

ゲルマニア制圧とティベリウス引退

 カエサルは、2回エルベ河を越えて侵攻している。対して、アウグストゥスはエルベ河を見たという史実はない。
 ローマ人のやり方では、文明度が高いほど制覇は容易になり、低いほど制覇が難しくなる。
 文明度が高ければ、ローマ人のインフラ整備と経済活性化を理解できる。しかし、文明度が低いとそれが理解できない。
 また、蛮族ゆえに都市化されておらず、部族ごとに分裂している。よって、ローマ人得意の会戦方式がとれず、苦手なゲリラ戦を行うハメになる。
 ゲルマンの地に2度侵攻したカエサルは、ゲルマンのローマ化は不可能である、と考えた。

 しかし、前12年、アウグストゥスは、ゲルマニア進攻を始める。
 アグリッパ亡き後、アウグストゥスの軍事面での補助は、ユリアの連れ子、ティベリウスとドゥルーススが担った。ティベリウスはドナウ川防衛線の確立、ドゥルーススはラインからエルベ河に防衛線を移す任務、を担当する。
 前9年ドゥルーススは事故死する。落馬が原因だった。

 ティベリウスは、キケロの文通相手アッティクスの孫娘ヴィプサーニアと結婚していたのだが、アウグストゥスの命令で離婚する。アグリッパが死んだため独り身になっていた、アウグストゥスの一人娘ユリアと再婚するために。
 血の継続に執着するアウグストゥスに、ティベリウスの幸せな結婚は、問題ではない。ティベリウスは最高権力者の命令で、愛した妻と離婚させられた。
 一方、弟のドゥルーススはアウグストゥスの姉の娘と結婚していた。ゆえに、ドゥルーススの子はアウグストゥスの血縁になる。
 血の継続に執着するアウグストゥスは、アグリッパとユリアに間に生まれたガイウス・カエサル、ルキウス・カエサルを養子にしていた。ティベリウスに「護民官特権」を与えるように元老院に要請したが、養子には迎えていない。ティベリウスが「中継ぎ」であることは明白だった。

 とはいえ、ティベリウスは優秀だったし、結果も出していた。ドナウ南岸制圧行も、ゲルマニア制圧行も、成功しつつあった。
 しかし、能力があるがゆえに、気づき始めていた。ゲルマンのローマ化が不可能であることに。少なくともこの時点では、戦闘に勝っただけで、ゲルマンのローマ化はなっていない、ゆえに、手を緩めれば、いずれ元に戻るだろう、と。
 しかし、アウグストゥスは、ゲルマニア制覇は完了したと思っていた。アルメニアに不穏な動きがあるという口実で、ティベリウスを東方へ配置転換する。
 ティベリウスは命令を拒否した。それどころか、公職を捨て、ロードス島へ隠遁する。
 アウグストゥスは激怒した。息子のために夫をなだめるリヴィアの苦労は相当なものだったらしい。

 紀元前12年からアグリッパ、ドゥルースス、マエケナスと、続けざまに死去していた。そこに、ティベリウスの離脱である。
 アウグストゥスは、自分一人で帝国運営を重責を担うことになってしまう。