【読書】『ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち[三]』19【歴史家皇帝】

それなのに政治となると、選挙では誰もが票を投ずる資格をもつとされている。でないと、反民主的と非難される。ということは、民を主権者とする政体とは、政治のシロウトが政治のプロに評価を下すシステム、と言えないであろうか。
政治家が挑戦すべきなのは、政治のプロとしての気概と技能は保持しながら同時にシロウトの支持を獲得するという、高等な技なのである。クラウディウス帝は、この放れ技に失敗したのだった。
歴史家皇帝
ティベリウスの弟ドゥルーススの子で、ゲルマニクスの弟。母アントニアは、アウスグトゥスの姉のオクタヴィアの娘。母、祖母を通してアウグストゥスと血がつながっている。
兄のゲルマニクスがアウスグトゥスの養子になり、ユリウス一門になってしまったため、クラウディウスは、名門クラウディウス一門の唯一の男子となる。
幼少期に小児マヒを患った結果ではないかと思われるが、右足を引きずるように歩き、体つきも左右不均衡だった。頭を動かす癖が抜けず、どもり癖もある。身なりにも気を使わなかった。
いじめの対象になりやすいが、兄ゲルマニクスが徹底して弟を守った。クラウディウスの健全な精神は、ゲルマニクスの愛情により宿ったのかもしれない。
アウグストゥスもティベリウスも、軍務は当然にしても、政務にもつかせていない。その代わり、歴史の研究と著作に専念することは認めた。
歴史の研究と著作に捧げられた人生は、カリグラの死により急転する。軍務も政務も無経験であったのに、五十歳になって突然、皇帝になったのだ。
堅実な帝国運営
アウグストゥスの統治を目標にすると宣言したのは、相手が元老院議員だったからである。
カエサルは共和政体を打倒している。ティベリウスは元老院を無視している。よって、アウグストゥスの名を挙げるしかない。
だが、クラウディウスの統治は、ティベリウスの影響が強い。公共の利益を考えれば、それしかなかったのだが。
外政
カリグラが、軽率な理由で王を殺してしまったから起きたマウリタニア反乱だったが、ローマは軍団を投入して制圧するしかなかった。
イェルサレムのユダヤ人には、ユダヤ人の王に統治を委ねる。ヘロデ・アグリッパをティベリウスは信用しなかったが、クラウディウスは容易に信用してしまった。ティベリウスの不信の方が当たる。ヘロデ・アグリッパの野心は、病死してくれたので三年で終了した。ユダヤはローマ直轄領に戻る。
アレクサンドリアのユダヤ人とギリシア人には、どちらにも与せず、調停者としてあたる。
こうして、カリグラの置き土産である、マウリタニアとユダヤの混乱は解決を見る。
ゲルマンのいくつかの部族が、低地ゲルマニア軍の司令官交代時を狙って侵入してきた。着任したばかりのコルブロだったが、撃退したどころか、ラインを越え、逆に攻め込む。
エルベ川まで制覇できたかもしれないが、クラウディウスは撤退指示を出す。ライン川からエルベ川を防衛線とするティベリウス方式を踏襲したのだ。
コルブロは
昔の将軍たちは幸せ者だったといって撤兵する。撤退を指示したクラウディウスだったが、凱旋式の挙行を許可することで、コルブロを功績には報いている。
ティベリウスが追放したドゥルイデス教の祭司たちが、ブリタニアに逃亡していた。20年とかからず、ブリタニアがドゥルイデス教のメッカとなる。これを放置しておくわけにはいかない。クラウディウスはブリタニア遠征を再開する。
軍務の経験のないクラウディウスは、軍事のプロに任せる。パンノニア総督アウルス・プラウティウスを派遣する。無理せず投入できたのは四個軍団だったが、四個軍団では20年かかることになる。
財政再建
ブリタニア制覇に四個軍団しか回せなかったのは、軍事費の増大を避けたからである。
パンノニアから一個軍団を送る。これでパンノニアは七個から六個軍団に減る。ラインから三個軍団を送り、新編成の二個軍団を補充したから、ラインも一個軍団を減らされたことになる。
ティベリウスの防衛システムが効果を挙げていたから、一個軍団減らすことが可能であったのかもしれない。
しかし、軍団兵を増やせば軍事費増大につながり、いずれ増税につながる。増税すれば属州民の怒りを買い、反乱を起こされれる。反乱を鎮圧するためには、軍団兵を増やさざるを得ない。この悪循環にいたるのを避けたのだ。
カリグラが廃止した売上税は復活させたが、カリグラが課していた新税は全廃した。
必要な出費は削らなかった。カリグラがはじめた大規模な水道工事も再開させた。オスティアの北に新港も造った。
しかし、無駄な出費は容赦なく削った。
ティベリウスの統治により、ローマ帝国全体の経済力は向上していた。売上税1パーセントでも、十分な税収を確保できたのだ。
ガリア人を元老院に迎える
きっかけは、元老院の欠員補充をどうするか、だった。
五十歳まで歴史家としてきたクラウディウスは、自派の勢力を確立する好機だったが、それをしなかった。ローマ元老院の理想の追求の方を選択した。
元老院の欠員補充を知ったガリアの部族長たちが、自分たちにも議席を欲しい、と嘆願してきた。しかし、元老院からは、反対の声しか上がらない。
クラウディウスの演説は、
- サビーニ族からはじまり、出身地、出身部族、かつての敗者であろうと、優秀な人材を中央に登用してきたこと
- 補助兵にも属州出身者が志願していること
- スパルタ人やアテネ人が、敵を異邦人として締め出したことで、活力を失ってしまったこと
- ガリア人とローマ人は、平和と信義で貫かれていること
であった。演説後の採決は、賛成多数でガリア人の元老院入りが決まった。
ローマ文明が人類に残した教訓の一つとして賞賛した、高潔で寛容な精神の結晶である。
イギリスやその他の帝国主義国家の閉鎖性を批判する前に、われらが日本人はどうであったかを思い起こす必要がある。朝鮮や台湾の人々に、帝国議会の議席を与えたであろうか。日本国政府への参加を認めたであろうか。
解放奴隷三人組
帝国運営は、派手なニュースばかりでなく、地味な事務作業のほうが多い。否、多いどころか、膨大な量になる。それなのに、報われることは少ない。官僚組織が必要になるのだが、当時は官僚を生み出す階級も、養成機関もない。
おそらく、ティベリウスは構築していたのだろう。しかし、秘密主義だったので、まったく分かっていない。
五十歳まで歴史家だったクラウディウスにはブレーンがいない。ゆえに、自家の使用人である奴隷や解放奴隷を使うしかなかった。
歴史家として過ごしてきたクラウディウスには、知識はあっても、現地体験がない。そのことを理解し、もっともクラウディウスを助けたのは、ナルキッソスであったと言われている。
しかし、将軍も元老院議員も、皇帝に会って話すには、ナルキッソスを通さなければならなくなってしまった。不満や怒りが広がっていく。
ナルキッソス、パラス、カリストゥスを「解放奴隷三人組」と呼んで憎悪するようになる。
妻から愛されない
メッサリーナ
クラウディウスは、皇帝に即位するまでに三度結婚し、二度離婚していた。皇帝即位時の妻はメッサリーナ。五十歳で皇帝になったクラウディウスは舞い上がらなかったが、一六歳で皇妃になったメッサリーナは舞い上がってしまう。
虚栄心、物欲、性欲という分かりやすい欲望に向かう。欲望を満たすためには、姦通罪法を適用できなければ、国家反逆罪法で訴えるという、滅茶苦茶なものであった。
メッサリーナの不倫が俳優や遊び人に留まっていた間は問題にならなかった。しかし、元老院議員で翌年の担当執政官シリウスに惚れこんでしまう。それも、浮気に留まらず、結婚式まで挙げてしまう。
ナルキッソス、パラス、カリストゥスの秘書官グループも、皇妃の二重婚は放置できないことで一致し、クラウディウスに報告する。
メッサリーナも重大さに気づき、クラウディウスに翻意を迫ろうとしたが、馬車を出そうにも、召使も使用人の奴隷も、誰一人として従わない。
クラウディスのの翻意を心配したナルキッソスは、近衛軍団の百人隊長に、皇帝の命令だといって、皇妃の殺害を命じた。
アグリッピーナ
すでに三度結婚していて、一男二女の父である。分かっているだけでも愛人が二人もいる。結婚する必要はなかったのだが、妻が欲しかったらしい。
しかし、勝気な女性が嫌なのであれば、おとなしい女性を選べばよかったものを、女性を選ぶことができなかった。
解放奴隷三人組に候補者を選んでもらい、その中から積極的にアプローチをかけてきたアグリッピーナに、クラウディウスは落ちた。
アグリッピーナは、ゲルマニクスの娘で、カリグラの妹、クラウディウスには姪にあたる。
メッサリーナは欲望に走ったが、アグリッピーナは野望に走っていた。摂政となって帝国を統治すること。前夫との間に子どもがいる。手駒はすでにあった。
息子の教育係に帝政時代を代表する哲学者セネカをつけた。武の方は南仏出身で、一兵卒の身からの叩き上げ、地道で責任感の強い武人、ブルスを選ぶ。
解放奴隷三人組の中からパラスを味方につけることに成功する。クラウディウスに自分を推薦してくれたからだが、見返りにパラスの弟フェリックスを、ユダヤ駐在の長官に就ける。理由が問題なのだが、フェリックスは困難なユダヤ統治をやり遂げた。アグリッピーナは人を見る眼があったらしい。
皇后になって翌年の50年、自分の息子をクラウディウスの養子にすることに成功する。以降、ネロ・クラウディウスと名を変える。
さらに、翌年14歳のネロに成人式を挙げさせる。しかも、政策立案者という形で元老院デビューまでさせる。
アポコロキュントス
アグリッピーナの準備は完了していた。それに、皇帝が大人になりすぎていると、摂政には都合が悪い。
キノコ料理に眼のなかったクラウディウスに、毒キノコ料理を食べさせた、と史家たちは言う。真夜中すぎに急変し死去する。翌54年10月13日、近衛軍団長官ブルスがクラウディウスの死去を発表。ネロに「インペラトール」と呼びかけることで、次期皇帝ネロが決まった。
若い皇帝の登場に、元老院議員も一般庶民も喜んだ。元老院議員は解放奴隷にあしらわれなくなると喜び、一般庶民たちは妻にいいようにされるクラウディウスを軽蔑していた。
ネロは、元老院にクラウディウスの神格化を提案する。ネロに提案させたアグリッピーナの真意は、神にすることで、殺害の疑いから人々と目をそらすためであった、と言われている。
セネカは『アポコロキュントシス』と題した風刺文を発表する。いかに神君に値しないかを暴露し、クラウディウスを笑いのめしたのである。
ライン=ドナウ防衛線は堅持している。ブリタニア制覇もゆっくりとだが、着実に進行している。カリグラの置き土産であったマウリタニアの反乱も、ユダヤの混乱も、治めている。財政再建にも成功している。
「神君」の名に値する業績はなかっただろうが、良識的で健全なる帝国統治をやり遂げた人を「アポコロキュントシス」と題した文で嘲笑する必要はない。
元老院からも、市民からも、人気はなかったかもしれない。しかし、誠心誠意仕事をやり遂げた人を、嘲笑するようなマネをしていいとは思えない。それでは、誠心誠意仕事をしてくれる人がいなくなってしまう。