【読書】『ローマ人の物語 危機と克服[上]』21

権力を手に入れても、それに伴う義務を考えるとうんざりする私に、指導者の資質はない(という程度の自覚はある)。
とはいえ、義務を果たせないどころか、能力もない人間が権力を握ると、他人事だと喜劇だが、我が事だと悲劇である。
それにしても、ガルバ、オトー、ヴィテイリウスは、なぜ皇帝になろうと思ったのだろう。
何をすべきか、あるいは、何をしたいのか、を考えていないまま皇帝になっている。さらに始末が悪いのは、やるべきことに手を付けず、やらなくてもいいことばかり手を付けているのだ。
義務と責任の重さを自覚していない人間が権力を握るとどうなるか、を考えずにはいられない。
一年で三人も皇帝が変わる
ガルバ
元老院も、市民も、軍団兵も、そもそもガルバ本人も、ネロを排除すれば帝国統治に支障はなくなる、と思ったのだろうか。
首都ローマの名門貴族で、イベリア半島北東部の属州タラコネンシスの総督。同時代のローマ人にとって、無難な人選だった。
皇帝に即位したときや、国家に喜ばしいことがあったとき、首都の平民や属州勤務の軍団兵にボーナスを配るのが習慣となっていた。アウグストゥスは当然にしても、緊縮財政に徹したティベリウスまで配っている。人気取り政策でしかないのだが、必須のものとなっていた。
しかし、ガルバはやらなかった。
「No2」ともいうべき皇帝との同僚「執政官」に選んだのはヴィニウスだった。総督時代のガルバの配下だったが、軍団長でしかなかった。
どこの馬の骨とも分からない人選に、軍団兵も元老院議員も失望する。早々にガルバを支持したオトーも裏切られた思いになる。
ヴィニウス自身も、私欲を満足させただけなのだから、ガルバの人選は完全に失敗だった。
帝国の財政再建を宣言するのは良かったのだが、具体的には「ネロからの贈り物を返せ」なのだから失笑ものである。
とどめの一撃のように、高地ゲルマニア軍団司令官ルフスを解任し、召喚してしまう。
ゲルマニア軍団は反ガルバで立つ。擁立したのはヴィテイリウスだった。
近衛軍団の懐柔に成功したオトーは、皇帝ガルバを殺害する。
オトー
マルクス・サルヴィウス・オトーの父はティベリウス門下だったが、自身は皇帝ネロの遊び仲間だった。
転機は、ネロがオトーの妻ポッペアに惚れこんだことで訪れる。ネロはオトーをルジタニア属州総督に任命して首都から遠ざける。
ところが、属州総督になったオトーは、遊び人から公正な行政官に生まれ変わったのだ。
ガルバが皇帝に名乗りを上げたとき、誰よりも早くオトーは支持を表明する。しかし、ガルバの政治は失敗の連続だった。
ローマを十年も離れていたオトーに手勢はない。しかし、近衛軍団の支持を取り付け、皇帝殺害までやってのけた。
皇帝殺害後、気が立っていた近衛軍団は、ガルバ派の元老院議員の殺害を提案するが、オトーは許可しなかった。ガルバの遺体も、家族のもとに送り、火葬も埋葬も許している。
もしかしたら、オトーには可能性があったかもしれない。しかし、オトーには時間がなかった。
ヴィテリウスを擁立したゲルマニア軍団がローマに向かっていた。オトーはガルバの尻拭いをしなければならなかった。
オトーにとって幸運だったのは、ドナウ軍団がオトー支持を明らかにし、イタリアに向かっていたことだった。
ヴィテリウス派とオトー派はベドリアクムで激突する。
両軍とも司令官不在。指揮系統も一元化されていなかったため、戦況も不明だが、犠牲者数も不明だった。凡将と凡将が戦うと、いたずらに犠牲を増やす。
勝ったのはヴィテリウス派で、敗報を聞いたオトーは自死する。
ヴィテリウス
同胞を相手にする内戦が難しいのは、相手が同胞だからという理由で手加減すると、味方の軽蔑を買うし、戦闘にも負ける。オトーの敗因の一つがそこにある。
さらに難しいのは戦後処理なのだが、このようなときのテキストにカエサルの『内乱記』がある。広く読まれていたはずなのだが、ヴィテリウスが読んでいなかったのか、理解できなかったのかは分からない。ヴィテイリウスは、兵士たちの処遇に失敗したのだ。
百人隊長は処刑。兵士たちはクレモナの円形闘技場の建設を課された。オトー派の兵士に投げつけるクレモナの住民の言動は、同じローマ市民に対するものとは思えない侮蔑的なものだった。
ドナウ軍団の兵士たちに与えた屈辱が、怒りと憎悪に変わるのは当然の成り行きだった。
近衛軍団は解雇、退職金もなし。代わりに任命したのはライン軍団なのだから、元近衛軍団は二重に傷つけられた。
オトー派の軍団兵を任地に戻すのは良いのだが、監視に補助兵を使った。軍団兵の怒りを買ったばかりか、補助兵の軍団兵への軽蔑は、別のところに飛び火する。
ベドリアクムに立ち寄ったヴィテリウスは「血の悪臭も、敵のものとなると良い匂いに変わる」などという失言を残す。ドナウ軍団の怒りに火を注いだばかりでなく、ローマ市民に冷水を浴びせた。
ローマへの道中も連日連夜の酒宴で、費用は近辺の中小都市の負担。ライン軍団の通過は、征服者同様の強奪と変わらない。
ローマに入っても、ベドリアクムの司令官ヴァレンスとカエキーナが対立するばかりで、国政は進まない。首都入場後のライン軍団の無秩序は、市民にとっては迷惑でしかなかった。
ヴェスパシアヌス
屈辱と怒りにまみれたドナウ軍団の兵士は、コルブロ門下の俊英ムキアヌスに白羽の矢を立てた。
ドナウ軍団からの要請に、ムキアヌスはヴェスパシアヌスを推挙した。
ヴェスパシアヌスと、ムキアヌスに加え、エジプト長官ティベリウス・ユリウス・アレクサンドロスは、ベイルートで会す。
ムキアヌスはイタリアへ、ヴェスパシアヌスはエジプトで待機、アレクサンドロスとヴェスパシアヌスの長男ティトウスはユダヤ戦役にあたる。
第二次ベドリアクム戦
我慢の限界を超えたドナウ軍団は、勝手に動き出す。
ドナウ軍団の怒りは、自分たちを守ってくれなかった属州総督にも向けられていた。属州総督の三人中二人は逃亡していた。
ドナウ軍団を率いたのはアントニウス・プリムスだったが、指揮能力がなかったことは、この後明らかになる。
ムキアヌスは、ドナウ軍団に「待機」の命令は出したが、従うように強要もしていない、追走も急いでいない。ドナウ防衛線が手薄になったと思って攻撃してきたダキア民族の南進を撃退してから、ドナウ軍団を追走した。
ガリア人の蜂起もあったのだが、ドナウ軍団迎撃しか頭になかったヴィテイリウスも放置したが、ムキアヌスも放置している。
ムキアヌスには、ドナウ軍団を故意に先行させたフシがある。
内乱の収拾は、同胞の血を流さずには解決できない。しかも、復讐に燃えるドナウ軍団と、憎悪の的となっているライン軍団の激突である。多くの人の血が流れるに決まっている。
ムキアヌスだけでなく、ヴェスパシアヌスの手も、同胞の血で汚されてはならないのだ。
ドナウ軍団の迎撃にカエキーナはラヴェンナで待つ。ドナウ軍団がポー河を目指すと読んだからだが、この読みは外れる。復讐に燃えるドナウ軍団はベドリアクムとクレモナを目指して進軍する。
これを見てカエキーナは、ヴィテリウスを見捨てて寝返ると宣言する。ドナウ軍団に直接屈辱を与えたのはライン軍団の兵士なのだから、兵士たちは報復を怖れていた。兵士たちはカエキーナを牢に放り込む。
ヴァレンスもヴェスパシアヌスを支持したガリア人に捕らえられていた。
こうして、ヴィテリウス派の司令官がいなくなってしまう。とはいっても、アントニウス・プリムスも統率力がないのだから、ドナウ軍団も似たようなものだった。
両者、指揮官不在のまま始まった第二次ベドリアクム戦は、ドナウ軍団の勝利に終わる。
敗残兵が逃げ込んだクレモナの街も、ドナウ軍団の憎悪の象徴である。住民は殺され、街は徹底的に破壊された。
アントニウス・プリムスの統率力不足は、この後の進軍でも明らかにされる。クレモナからローマまで五十日もかかっている。命令したわけでもないのに、カエキーナは釈放、ヴァレンスは殺される。
ローマ市街戦
ヴィテリウスは退位を宣言するが、ローマ市民が許さない。無気力に陥ったヴィテリウスは食べるか眠るかしかしなくなった。
ヴィテリウスの退位宣言を受け取った元老院は、ヴェスパシアヌスの兄で首都警察長官サビヌスに接近する。それを知ったヴィテリウス派の兵士たちはサビヌスを狙う。
身の危険を感じたサビヌスは、ヴェスパシアヌスの次男ドミティアヌスとともにカピトリーノの丘に逃げ込む。ローマを守護する神々を祭る神殿に攻め込むはずがない、と思ったのだが、ヴィテリウス派の兵士は攻め込むばかりか、火を放つ。
ローマ人の聖域であるカピトリーノの丘が、異民族ではなくローマ人の手で、不慮の事故ではなく意図的に、火をつけられたのである。
どさくさに紛れてドミティアヌスは逃亡に成功したが、サビヌスは捕らえられ、殺され、遺体はテヴェレの河に投げ込まれた。
ローマ市街戦の回避の努力はなされていたのだが、首都警察長官サビヌスの殺害は、回避の可能性をゼロにした。
ヴィテリウス派の兵士とドナウ軍団の戦闘は激戦だったが、市民たちは無関心だった。むしろ、剣闘士試合でも見るかのように愉しんでいた。
市民たちからすれば、皇帝という首が変わるだけの戦闘なのである。どのような結果になろうが無関心になってしまうのは当然のことだった。
ヴィテリウスは捕らえられ、殺され、遺体はテヴェレの河に投げ込まれた。
市街戦の数日後、ムキアヌスが入城する。ムキアヌスは直ちに秩序を回復した。
アントニウス・プリムスは、軍功賞を与えられただけだった。アントニウス・プリムスは抗議し、エジプトにいるヴェスパシアヌスに直接訴えたが、結果は同じだった。