【君主論】新しく獲得した君主権についての考察から導き出す「成功法則」を2つ
新しく獲得した君主権・支配権について、マキアヴェッリは
成功例:モーゼ、キュロス、ロムルス、テセウス
失敗例:サヴォナローラ
を挙げている。
日本人になじみがあるのはモーゼであろう。エジプト脱出、海が割れる、十戒などなど。
キリスト教が猛威を振るっていた時代に、モーゼという聖人を挙げてしまうところに、マキアヴェッリの「醒めた目」を見て取れる。
一方で、祖国フィレンツェを混乱に陥れたサヴォナローラを失敗例として挙げるところに、マキアヴェッリの祖国愛と「怒り」を感じ取れる。
「武器なき預言者は破滅する」
自らの実力で、新しい君主権を獲得するのは難しい。
まず、新しい制度や統治様式を導入しなければならない。
しかし、新しいことを始めること自体が、成功するか失敗するかが分からない。
しかも、旧制度で利益を得ていた人を敵に回すことになる。
そして、新制度で利益を得るかもしれない人は、本当に利益を得られるかどうかを疑いながら、旧制度で利益を得ている人と戦わなければならない―――――自分に自信が持てない人をどうやって信用したらいいのだろう?
したがって、味方が信用できない。
自分しか信用できないのだ。
それゆえ、
武器なき預言者は破滅するとマキアヴェッリは結論する。
いくら正しいことをしようとしても、あるいは新しいことを始めようとしても、自分にやりとげる実力がなければならない。
優秀な人間のマネをしろ!
第六章にはこのようなことが書いてあります。
賢明な人は偉大な人間のたどった道を常に歩み、卓抜な人間を模倣すべきであり、仮に自らの能力がそれに及ばないとしても、その場合彼らの芳香に与ることができる。この例として、『三国志』の曹操を挙げることができる。
王郎側の文書を押収すると、劉秀の配下が内通を約束した書簡が数千通も発見された。劉秀は見向きもせず、諸将軍を集めると、これらの文書を焼き、「不安にかられているものを安心させよう」と言った。後漢末、建安五(二〇〇)年に天下分け目の官渡の戦いに勝利をおさめた曹操もまた、袁紹の陣営から配下が内通を約束した書簡を多数発見した。曹操は、「袁紹が盛んなときは、わたしでも心配でならなかった。まして、普通の人では」と言って、それらをすべて焼いたという。三国志の英雄にとって、劉秀がその行動を模範とすべき、最も身近で偉大な英雄であったことを理解できよう。
僕たちから見た三国時代の英雄は、三国時代の人から見た英雄のマネをしているのです。
「優秀な人間のマネをせよ」
とマキアヴェッリは主張し、曹操は実行している。
そんなところも古今東西を問わない―――――結局、人間は似たようなことを考え、似たようなことを実行している。
成功した人間のマネをして、失敗した人間の轍は踏まない。
当たり前と言えば当たり前なんだけど、さてこれに、マキアヴェッリの人間性に問題があろうか?
あまり人が口にしないことを、ぶちまけてしまうのはマキアヴェッリだけど、妙なことは言っていないのである。