【読書】『会社のデスノート』【間違った戦略は排除せよ】

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 経済を上向かせるために企業ができることは、デスノートの死のルールの反対の行動をとればいい。デスノートのルールとは、誤った戦略を採ることで、市場を狭め、自ら戦いづらい土俵へと突き進み、やがて会社自身を疲弊させる方向を指したルールである。
 逆の方向に進めば市場は広がり、経済は拡大する。

 その通り。
 選択した戦略が市場を縮小させるものだったら、いくらマーケットシェアを拡大しても、効果のほどは知れている。
 間違った戦略を採り続ければ、自滅するのは目に見えている。
 自滅したくなかったら、間違った戦略を排除し、反対の行動を取ればいいのです。
 いたってシンプルな話なのです。

不況だからといって生産ラインを縮小したら・・・

 H・S・ハウカッターとL・D・テイラーの共著「消費需要の予測――1929-70年のアメリカ経済」は、「価格弾力性」と「所得弾力性」の分析を行った本だ。
 「価格弾力性」とは、価格が上がったらどれぐらい販売数が減って、価格が下がったらどれくらい販売数が増えるか、の指標。
 「所得弾力性」とは、所得が上がったらどれくらい販売数が上がって、所得が下がったらどれくらい販売数が減るか、の指標。
「そんなに古い時代のアメリカのデータが使えるのか?」
と疑問に思うだろう。
 もちろん、そのままは使えない。しかし、方向は教えてくれる。
 これは「所得弾力性」のデータだが、

面白いところでは、妻の洋服よりも夫の洋服が真っ先に削られるところだ。
 時代が変わっても、国が変わっても、同じなのかと思うと笑ってしまうのだが。それはともかく―――――
 「所得弾力性」が高いモノと、低いモノがある。
 所得が低くなっても、食料品などの日用品は削られないから、所得弾力性の低いモノ。
 逆に、所得が低くなったら、車や旅行は削られてしまうから、所得弾力性の高いモノ。

短期所得弾力性

 2008年9月リーマン・ブラザーズ破綻。リーマンショックの始まりである。
 不況。もちろん、所得が下がる。ということで、短期所得弾力性の高い自動車は売れなくなる。
 ハウカッターとテイラーの研究によれば、アメリカの自動車の「短期所得弾力性」は5.5。そして、アメリカの実質GDPは6%の減少。計算上33%も自動車の需要が減る。
 ということで、リーマンショックの結果、自動車業界の業績は悪化する。

長期所得弾力性

 ちなみに、自動車の「長期所得弾力性」は3.3。ということで、GDPが6%減少すると、長期的には約20%需要が減る計算。
 しかし、先述した「短期所得弾力性」は5.5。計算上33%減る計算。「長期」と「短期」で13%の差がある。
 数字にすると面倒に思えるが、このカラクリは単純なことである。
「給料が減ったから、今年は車を買うのはやめよう」
と思うけれど、
「今年は買わないけど、来年か再来年に買おう」
とは思う。実際そうする。
 それに、今年買い控えた人と、はじめから来年買う人が、まとめて同時に買いに来たら、翌年は、いつも以上に売れてしまうことになる。
 なので、長期的に見れば、自動車がそこまで売れなくなることはない。
 ということで、自動車には「短期所得弾力性」と「長期所得弾力性」の間に差があるのだ。

 ここに、罠がある。
「今年度、販売台数が減ったから、来年もその程度だろう」
と考えて、生産ラインの縮小、人員削減をやってしまい、33%減少で計画を立ててしまうと、長期的な計算上は20%の減少だから、13%の製造が間に合わなくなる。
 ましてや、リーマンショックという不況が明け、需要が回復したら、短期的には「GDP×5.5」、長期的には「GDP×3.3」の需要が回復する。
 せっかく需要があるのに、生産が間に合わない!
ーーーーーという情けない理由で自動車が売れなくなる。

その後の展開

 本書の発行が2009年11月30日なので、その後の展開は載っていない。
 でも、今は2021年なので、その後の展開を追いかけることができる。
 「日本貿易振興機構(ジェトロ)」さまがまとめてくれているので、その後の展開を見てみましょう。

日本貿易振興機構(ジェトロ)

 2009年がダメだったら、2010年・・・・・というわけにはいかなかったけれど、12年には08年を超え、16年には約1.3倍にまで伸びています。
 20年も「コロナショック」で減っていますが、コロナショックから回復したら、と先の展開を考えておかなければなりません。
 そして、本書は、トヨタの業績を出していましたが、21年1-9月期のアメリカ自動車販売台数でGMを抜いています。

その値段は正しいのか?

「安ければいい」というものでもない

 消費者の立場で立てば、価格は安いほうがいい。
 しかし、これが販売する側の立場に立てばどうだろう?
売上高 = 単価 × 販売数
なので、価格を下げたら、それ以上に販売数が増えなければ、売り上げは上がらない。
 価格を下げた分だけ販売数が上がるかどうかは、「価格弾力性」による。
 価格弾力性が1.0を上回るのなら、値段を下げても、それ以上に販売数が増えるので、売り上げは伸びる。
 逆に、価格弾力性が1.0を下回るのなら、値段を下げても、そこまで販売数が増えないので、売り上げは下がる。
 多くの日用品は、「価格弾力性」が1.0を下回るので、値段を下げても、そこまで売上数量が伸びない。よって、値段を下げると、売上高は減少する。

 ある店舗で何かを激安価格で販売したとしよう。もちろん、それは売れる。そして、お客が集まる。
 だが、そのお客は、他の店から奪ってきただけ―――――
 経済全体のお客が増えたわけではない。
 お客を奪われた店が、さらに激安価格をつけて、お客を取り返そうとしたら―――――
 消費者の立場で見ればうれしい激安価格の対抗戦だが、地域経済の立場で立てばどうだろう?
地域経済の売上高 = 単価 × 地域経済の販売数
 多くの日用品の「価格弾力性」は1.0を下回るので、地域経済全体の販売数は増えない。よって、地域経済の売上高は落ちる。
 地域経済の売上高という指標を持ち出すと、激安価格の対抗戦は、地域経済を縮小してしまうことになる。

 このことから、
「強力に値段を下げる小売業者がいると、経済全体が縮小するのではないか」
という議論がある。
 アメリカで
「ウォルマートが出店するとどうなるのか」
の研究がされている。
 ウォルマートのおかげで物価が下がった、雇用が増えた、というプラスの側面がある。一方、近隣の小売店が潰れた、そこの雇用が失われたというマイナスの側面もある。
 「ウォルマート・エフェクト」は、地域経済の繁栄につながるのか、衰退につながるのか。
 今のところ、研究者の間では決着がついていない。

「便利」という「付加価値」の発見

 マーケティングの教科書には
「価格で集めた客は、価格で奪われる」
と教えてくれる。
 そして、
「付加価値をつければ、売れる」
とも教えてくれる。
 しかし、実際にそれを行うのは難しい。有名人でも、インフルエンサーでもない、一般人が、
「付加価値をつけるって、どうするの?」
は、相当に悩む問題だ。

 しかし、「セブン-イレブン」が教えてくれたのは、
「便利というのは『付加価値』である」
ということだ。
 ほとんどの日用品の価格弾力性が1.0以下だという話は上述した。
 したがって、価格を上げてもそこまで販売数量が落ちず、よって売上高は上がる。
 なので、「便利という付加価値」をつけることで価格を上げることに成功し、それで売上高が上がることを教えてくれたのは「セブン-イレブン」である。
 多くのスーパーが経営難になる中で、コンビニ業界は好調なのである。
 それを鈴木貴博さんは「セブン-イレブン・エフェクト」と呼んでいる。

ネットスーパーは「セブン-イレブン・エフェクト」を狙え!

 「セブン-イレブン・エフェクト」は
「便利という付加価値をつければ、高くしても売れる」
ことを教えてくれた。
 それのに、ネットスーパーが「便利」という「付加価値」を消してしまったらどうなるか?
 コンビニエンスストアがスーパーからお客を奪ってきた。それも価格を下げない方向で。
 しかし、ネットスーパーがコンビニからお客を奪い、それも価格を下げる方向で販売したらどうなるか?
 ネットスーパーが「ウォルマート・エフェクト」を起こしてしまう可能性がある。したがって、地域経済が衰退する可能性がある。
 なので、ネットスーパーが狙うのは「ウォルマート・エフェクト」ではなく、「セブン-イレブン・エフェクト」なのだ。
 「便利という付加価値」を消してはならない。
 それに、どう考えても、ネットスーパーは、スーパーやコンビニよりも手間がかかる。
 なので、価格を下げる方向で売上を上げようとしたら、かかったコストとのダブルパンチで、利益を圧迫する。
 採算の面でも、「セブン-イレブン・エフェクト」を狙うべきなのである。

「軽サービス業」から「重サービス業」へシフトせよ

「サービス業の生き残りの方程式」
を鈴木さんは作成してくれている。

  1. 価格を下げれば市場は広がる
  2. 価格を下げるためにはコストを下げればいい
  3. コストを下げるには生産性を上げればいい
  4. 生産性を上げるには
    1. 顧客数を増やして稼働率を上げる
      獲得コストをかけて新規客を呼び込み、それを固定客化させればいい
    2. 生産性そのものを上げる
      労働集約的なサービス業から資本投下が必要なサービス業にシフトする

 サービス業の「長期価格弾力性」は1より大きいので、価格を下げれば販売数量は大きく増える。
 なので、「ウェルマート・エフェクト」は起こらず、売上高は増える。
 価格を下げればいいのだが、問題はコストである。
 それなら、生産性を上げればいい。

たとえば介護サービスを人手だけで行ったとして、1人の介護人が5人の老人の介護しか行えなかったとする。その介護士が年収300万円だとすれば1人の老人が年間で60万円分の介護士の年収を支えなければならなくなる。その老人の世帯年収が同じ300万円レベルであれば到底このサービス料金は支払えない。
 このような労働集約的なサービス業を鈴木さんは「軽サービス業」と呼んでいる。
 これではコストが下がらないので、生産性も上がらず、よって市場として成長できない。
軽サービス業では採算が合わずに発展できない分野に、どのようにイノベーション(技術革新)を引き起こすのか、そのシナリオを持った上で、重サービス業への転換を行うことが重要だ。
 これは『変な経営論』が参考になる。 「変なホテル」では
・フロントをロボットにする
・掃除ロボットの導入
など、ホテル業界の常識を破った結果、30~40人のスタッフが必要なクラスのホテルなのに、7人で運営できるくらい生産性が高めることに成功した。
 澤田秀雄さん自身も、そこで働いている人も、
「どうして7人でできるんだ!」
と驚いたそうだ。
 そういったことを参考すれば、「軽サービス業」から「重サービス業」にシフトチェンジすることができ、生産性を上げることができる。
 「うちの業界はムリ」とあきらめる前に、たまには常識はずれなことをやってみれば、生産性が上がるかもしれない。
 なにより、考え方を変えることにコストはかからない。

「経済のグローバル化」対策

 反省しているのだが、
「経済のグローバル化は、誰もコントロールできない」
のだ。
「国内の工場を閉鎖して、新興国に移転します。この仕事を続けたかったら、新興国に移住してください」
なんて、政治家や官僚が言えるわけがない。
 そして、企業も同様である。ライバル企業が物価の安い新興国で製造した格安商品を国内で販売したら、自社商品が売れなくなる。ライバル企業と同様に新興国に工場を作らなければならない。
 そして、国内の工場を閉鎖したら、労働需要が減る。よって、給料は減る。
 給料が減った以上、商品の需要も減る。不況である。

 2008年のノーベル経済学賞を受賞したアメリカのポール・クルーグマン教授によれば、経済が良くなるために大切なことは三つだけだという。「経済成長」「分配」、そして「失業」。この三つさえうまく行けば、その国の経済はうまく回るというのがクルーグマン教授の“教え”である。
 グローバル企業との競争に直面した結果、国内の工場が縮小した。そのままだったら「失業」が増える。
 「失業」を防ぐため、「分配」に目をつむり、フリーターや派遣社員を増やさざるを得なかった。
 政治家や官僚、経営者もどうしようもなかった、妥協の産物だった。
 それも「経済成長」が達成できているうちはまだマシだったのだが、「経済成長」すら達成できなくなると、すべてが悪い方向へ向かってしまった。

 では、どうすればいいか?
 鈴木貴博さんの提案は、3つである。

①自動車業界の不況を短期で終息させ、むしろ投資を増強することで雇用を回復させる
②日常消費の分野ではセブン-イレブン・エフェクトを重視し、高付加価値に向かう分野への投資を奨励する
③重サービス業を育成することで、サービス業の生産性を上げ、サービスの価格が下がることを通じて市場を拡大する
 経済のグローバル化は、誰もコントロールできない。
 コントロールできない以上、上手く立ち回るしかない。
 上手く立ち回るために
「間違った戦略は排除せよ」

まとめ

間違った戦略は排除せよ

  1. 所得弾力性には「長期」と「短期」に差がある
     不況だからと言って生産ラインを縮小すると、不況後の景気回復期に生産が間に合わなくなる。
  2. 「セブン-イレブン・エフェクト」を狙え
     多くの日用品の価格弾力性は1より小さい。ゆえに価格を上げれば売上は上がる。
     「便利」という付加価値をつければ、価格を上げられる。
  3. 軽サービス業から重サービス業へ変質せよ
     サービス業の多くは価格弾力性が1より大きい。ゆえに価格を下げれば売上は増える。
     ゆえに、コストを削減すること、生産性を高めること、を考える。
  4. 経済のグローバル化に対応せよ
     経済のグローバル化は誰もコントロールできない。
     ゆえに、上手く対応するしかない。
     そのためには、間違った戦略を排除せよ。