【読書】『世界史を変えた新素材』
- 新技術に触れてみよう
- 情報の保存だけでなく、交換もしてみよう
新技術は受け入れられにくい
アルミニウム
飛行機は金属製だ。
今となっては当たり前のことで、1903年、ライト兄弟の最初の飛行機のエンジンにもアルミニウムが使われている。
しかし、1930年代まで、飛行機の機体は木と布で作られたものが主流だったそうだ。
金属製の機体が主流になるのは、1930年代半ばから―――――
原因は、
- 人の命がかかっている飛行機の設計に、技術者が保守的になってしまうこと
- 金属の機体が安全に空を飛ぶことがイメージできなかったこと
による。
プラスチック
これは、「もしかしたら?」という可能性の話。
ローマ帝国2代目皇帝ティベリウスのもとに一人の職人が訪れ、「杯」を献上しにきた。
その「杯」は、ガラスのようでいながら、床にたたきつけても粉々になるわけでもなく、へこんだだけ。
しかも、そのへこみも内側からたたけば元に戻せる。
現代から考えれば「プラスチックなのでは?」と思われる。
しかし、ティベリウスはこの職人を殺してしまい、その杯の製法は謎になってしまいました。
ティベリウスには「ローマ帝国の安定のため」という大目標があった。そのための不安要素は潰しておきたい。
だから「新技術」といえども潰しておきたかったのだが、もしかしたらもしかする。
テクノロジーの宿命
プラスチックの話は「もしかして?」というものなので、プラスチックではなかったかもしれない。しかし、新技術であることは確か。
どちらにせよ、「新技術は受け入れられにくい」宿命を背負っている。
新技術にアレルギーを起こさず、危険がない程度に触ってみる。
ダメだったら二度と使わなければいいだけのことだし、利用できるのなら使い続けること、だけなのだが。
情報のあり方が変わった新素材
紙
これは、秦・始皇帝の焚書坑儒を生き延びて、現代まで残存している書があるというくだりなのですが、ここでは始皇帝の焚書坑儒うんぬんに関しては触れません。紙とても火に弱いことは変わりないが、より多量に安く生産できる媒体であるため、情報をコピーし、分散保存することも容易になる。これによって一冊や二冊を焼いても、情報を消し去ることができなくなったのだ。コストダウンによって大量生産が可能になった媒体は、情報のあり方そのものを変えてしまったといえる。
ただし「焚書」という手段では、情報操作はできなくなったのです。
印刷術
いくら紙があっても、手書きで筆写には限度というものがある。一五世紀半ば、紙が手に入らないヨーロッパにおいて、紙の需要を爆発的に高める出来事が起きた。印刷術の発明がそれだ。筆写とは比べ物にならない速度で、同じ情報を大量にコピーする印刷という技術が、いかに画期的なものであったかはいくら強調しても足りないほどだ。
しかし、「紙」に「印刷術」が加わると、情報伝達がスピードアップするのです。
1517年、ルターが「九五か条の論題」を発表すると、「たった二週間」でドイツ全土に、「一ヶ月」でキリスト教圏すべてに知れ渡る。
ところが、イスラム
一方でイスラム圏では、印刷技術は普及しなかった──どころか、軽蔑され、迫害さえ受けた。オスマン帝国のバヤズィト二世(一四四七~一五一二年)とセリム一世(一四六五~一五二〇年)は、アラビア語とトルコ語の一切を印刷することを禁止する法律を布告し、これはその後三〇〇年間にわたって帝国内で通用した。
イスラム圏では、書くという行為は神から人類への贈り物であり、コーランを書写することは何より尊い行ないと見なされた。また文字の書写は、東洋の書道と同様に芸術の一分野でもあった。これを機械に任せることは、彼らにとって堕落であり、神の教えへの冒瀆であったのだ。
八世紀から一三世紀にかけて、イスラム圏の科学技術は世界の最高水準にあったが、ルネサンス以降ヨーロッパに逆転を許し、大きく水を開けられた。これは、印刷技術の導入に抵抗したため、知識の普及が阻害されたことが大きな要因と指摘されている(ニコラス・A・バスベインズ『紙 二千年の歴史』原書房)。印刷物が現代の世の中で果たしている役割の大きさを考える時、この主張は十分な説得力があると思える。イスラム教の例は、新技術を取り入れないと、世界に遅れをとってしまうということ。
残念だったタスマニア
話を飛ばしてタスマニアの例を出したのは、情報というものが、発明・発見・保存・保管というだけでは意味がない、外部との交流が必要である、ということ。優れたモノやアイディアを持った人同士が出会うと、お互いにそれをやり取りしたり改良したりして、さらに優れたものに進化させることが起こる。人が一生ひとところに留まっていれば、素晴らしいアイディアもぶつかり合い、磨かれ合うこともない。人が動き回ることは、文明の進展に必須の要素であったはずだ。
マット・リドレー著『繁栄』(早川書房)には、その実例としてタスマニア島のケースが挙げられている。この島はかつてオーストラリア大陸と地続きであったが、海面の上昇によって一万年ほど前に本土から切り離された。すると、よそで開発された新技術は入ってこず、持っていた技術も継承者がいなくなるたびに消えていく。結局タスマニアからは、ブーメランや骨製の釣り針、魚とりの罠や衣服を作る技術が、わずか数千年で失われてしまったという。外部との交流を断たれて自給自足の状態に追い込まれると、進歩が止まるどころか衰退さえ起きてしまうのだ。筋力ではなく頭脳を武器として生きる人類には、過酷な旅のリスクを冒してでも、移動と交流、交易を行なうことが決定的に重要なのだ。
物理的な要因で外部との交流が絶たれると、既存の技術すら失われていくのです。
まとめ
- 新技術に触れてみよう
- 情報の保存だけでなく、交換もしてみよう